01. 変動の兆候

遥かな未来か、過ぎ去りし過去か。

かの地には大小様々な国が犇(ひし)めき合い
ひとつの大陸を形成していた。
そんな中、
南を海に、北を山に、東を草原に・・・・
そして西に大国が隣するという、小国があった。

East Tokyo United Kingdom

これは、そんな小国を舞台にした物語である・・・・・・



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「はあああああっ!これで・・・終わりだ!!」

一際大きな声が放たれたのと同時に斬撃音が辺りに響いた。
魔物の短い断末魔が、風と共に消える。
「・・・ふぅ、いっちょあがりっと!」
先程とは異なり、幾分緊張感の抜けた声が戦闘の終了を告げた。
足早に近づいてきた男が声をかける。
「ガミさん・・・怪我は?」
「ん・・・いや、ねぇよ」
「・・本当ですか?」
「ほんとほんと。何なら見せてやろっか?」
軽い調子で笑う石神に対して堀田は目を眇めると、頷いた。
「そうですね・・・・後で、じっくり」
「あれ?・・・・・・そうきたか」
堀田の答えに軽くため息を吐いた石神は、自分を呼ぶ別の声に振り向く。
「ガミさん、あざーーッス!!」
「セラ、お前怪我は?・・・って、おい・・」
「あ、全然たいしたことないッスよ!」
「いや、お前完全に流血してるぞ」
石神の問いに笑って否定した世良だったが、堀田が冷静に指摘した
とおり、額の側面から血が流れていた。
「へ?」
そう言って、世良がこめかみに手をやろうとした瞬間。
「触るな!」
「うぎゃ!!」
すぐ後ろから聞こえた大声に竦みあがった世良が恐る恐る振り向くと、
そこには声に相応しい形相の堺が立っていた。
「ったく、お前はいつもいつも・・・・」
「ハハ・・ハ・・スンマセ」
「笑い事じゃねぇ」
世良の乾いた笑いを遮り、ぴしゃりと言い放つ。
「動くなよ?」
「ッス」
そう言うと堺は手の平を世良のこめかみに近づけ、詠唱を始める。

堺はこの世界でも貴重な「癒し手」の持ち主だ。
「癒し手」とは、その名の通り怪我などを治すことが出来る
”治癒能力”を持つ人間のことを指す。
攻撃や防御等の通常魔法とは構成形態が全く異なり、扱える人間は極少数。
「資格ある者のみが選ばれる」と言われており、
堺はその資格を得てこの力を手に入れた。
あまり高度なものは扱えないが、擦切傷や打撲程度なら治癒できる為、
騎士団でも重宝されている。
詠唱と共に小さな光が手のひらから発し、やがて消えさった。
そのまま額の髪の毛をよけ、こめかみの傷を確かめる。
痛々しい血は流れたままだったが、
ざっくりと割れていた傷口は綺麗に塞がっていた。
「・・・・よし」
「あ・・あざっす!」
閉じていた目を開いた世良が礼を言うと、堺は一瞬眉根を寄せ
どこかが痛むかのような表情をしたが、すぐに視線を逸らし
いつもと同じ口調で世良に命じた。
「・・・・・・・血ィ、拭いとけ」
「ッス!」

そのまま堺は石神のもとまで来ると、同じように命じた。
「左手、出せ」
「え・・・・?なんで?」
「・・・・・・・なんだ、お前も世良と同じか?」
しらばっくれる石神に堺が目を眇めてそう言うと、
観念したのか大仰にため息をつき肩をすくめる。
「・・・・・・・ばれてたか」
実は石神が魔物にとどめを刺した時、断末魔を上げる魔物がのけぞり、
剣を引き抜くタイミングが遅れ、手首を捻っていたのだ。
「当たり前だ。・・・・・ほら」
「・・・オネガイシマス」
仏頂面で出せと手を差し出され、石神は素直に従った。
治癒してもらう間、堺だけじゃなく後ろからも無言の視線を感じて再び肩を竦める。
『やっぱ堀田も気づいてやがったか・・・やれやれ、勘のいいことで・・』

堺が石神の治癒を終えると世良が駆け寄ってきて告げた。
「こっちも採取の方は終了ッスよ!」
「後は報告して調査班に任せましょう」
「ああ、帰るぞ」
堀田が言うのに頷くと、堺は踵を返して歩き出す。



「しっかし、来たのはいいけど、まさかビンゴとはなぁ〜」
「・・・・・・・」
「さっき採取して思ったんスけど、これって本来ここらじゃ見掛けないヤツッスよねぇ?」
「ああ、多分・・<この間と同じ>様な気がする」
世良の言葉に堀田が同意すると、堺が口を開いた。
「・・・・・・・<二匹目>か・・・・・・」
「あ〜〜・・なんっか嫌な予感する〜」
「え?マジッスか?!」
「【二度あることは三度ある】 って言いますしね」
「あ! 堀田言っちゃった!?俺がせっかく飲み込んだのに台無しじゃんかよー」
「うわ!何不吉なこと言ってるんすか、もう〜〜」

他の三人が口々に言っていることを、堺も感じていた。
今日の討伐は城下町の人達からの依頼だ。
事の発端は10日前に遡る。
この岩場には貴重な鉱石が取れるポイントがいくつもあり、
職人がたまに採掘しにやってくる。
その日もいつもと同じように鉱物職人が採掘しに来たら、
見掛けない大型の足跡を発見したという。
しかも、帰りに見たことない大きな魔物が裏側を徘徊してるのを見た
といって騎士団詰め所に報告がされた。
翌日、騎士団副長の村越が遊撃隊のジーノと赤崎を連れて目撃情報を元に
確認しに行ったが、魔物も痕跡も発見できなかった。

だが、その後別の町人からも報告が相次ぎ、
城下町近くの街道での目撃情報から危険と判断、
再び確認作業に入ったのが、このメンバーだ。
結果、体長2メートル程の魔物と遭遇、戦闘となった。
その姿は馬のような顔に樹木のような肌をした二本足の魔物だったが、
この王国の周辺では見掛けたことのない新種だ。

・・・・だが、堺は知っていた。
この魔物が新種などではないことを。
そして、その本来の生息地がどこであるかということを。
その魔物の本来いるべき土地は、西の隣国である、神聖ヴィクトリー帝国だ。

(何故ここに・・・・。胸騒ぎがするな・・・・)
堺が胸中でそう呟くと、まるでそれが当たりだというかのように
生温い一陣の風が、彼らの間を吹き抜けていった。